省かない人たちと

「ああ、何かのイベントでもあるんだ…」

2016年12月30日朝、名古屋城正門前に近づくと人だかりができているのが見えた。人が集まる真っ当なイベントもあるんだなと、自分の企画に苦笑した。こちらはばんばさんとの二人旅。きっと一人二人はランナーさんが駆け付けてくれるだろうけれど、いつも通りの静かなスタート。まだ、ばんばさんは到着していない。応援のランナーもいないようだ。盛り上がっている一団に水を差してもいけない。僕は気配を消しながら横断歩道を渡り、邪魔にならないように一団とは距離を置いて、名古屋城正門へと歩いて行こうとした。

「ぷらさ~ん!」

どこからか名前を呼ばれた。振り返ると、どうやら一団の中に声の主がいるようだ。そして、見たことのあるTシャツのランナーの姿がそこにあった。てぃぐれさんが、2年前と同じ格好で、同じ場所に立っていた。…ということは、真っ当なイベント集団と思しき人影は、すべて「勝手に大坂の陣」の為に集まった人たち?

「ばんばさん、すげえな」

笑ってしまうほど賑やかなスタート、そして、和やかな5人旅。思ってもいない初日80キロの幕開けだった。序盤は、名古屋城から清州城、墨俣一夜城、大垣城と多くの城を巡る。小さなゴールが多いので、精神的にも楽なコースだった。孤独とも戦う必要がなかったし、地元ランナーのナビゲートが心強くて、軽快に飛ばすことができた。普通なら、徐々に離脱していく人が増えるものだけれど、今回はむしろ増員していく。勝手なご一行様は、ほぼ予定通りに中間地点の大垣城へと辿り着くことができた。

大垣の商店街で、昼食を摂る。人通りの少ない年末の通りで営業している店は少なかったけれど、幸運にも味噌煮込みうどんの店が開いていた。身体も温まるし丁度いい。ただ、「丁度いい」と思っていたのはこちらばかりで、その店を切り盛りする二人の母と娘には、不意討ちだったようだ。「時間かかるけど大丈夫?」 と幾度となく聞かれた。恐らく年末にぽつりぽつりと訪れる客しか想定していなかったのだろう。しかし、ほかに店を探しても時間と体力を消耗するだけかもしれない。十分に休んで、回復することにした。

 

「この人達に会いに来ているだけなのかもしれないなあ」

町の食堂には不似合いなランニング姿の6人を見ながら、感じていた。人に出会う為に、ここまで来たんだなあと。ばんばさんも、今ここにいるランナーも、朝応援に駆け付けてくれたみんなも、とても気持ちのいい人ばかりだ。そして、とても潔い人ばかりなんだ。きっと、そんなランナーたちと心を通わせたくて、途方もない年末のジョギングを繰り返しているんだ。

ウルトラマラソンに挑む人は、やはり、フルマラソンまでの人とは違う。半日近く、あるいは、それ以上の時間を走り続けるウルトラマラソンに挑み、クリアするには様々な能力がいる。長期戦をマネージメントする力、降りかかるトラブルに大らかに向き合える寛容さ。全てを使い切って、カラダのどこを探しても力が残っていなくても、笑顔でゴールできる持久力、というか、底力。僕が出会ったランナーは、そんな強さを持った魅力的な人ばかりだ。

何でもお金で解決できたり、あちらこちらに便利が転がった世界だけれど、そんな中で、何千年前と同じように2本の脚を動かして、ただ前に進む。省かない人達。果てしない距離を走り抜くためには、無駄なものは捨てなければならない。自然とソフィスティケートされる。削ぎ落されるから、その人のパーソナリティが際立って見える。遠回りできないから嘘がつけない。正直者。あっけらかんとし過ぎていて、寂しく感じるときもあるけれど、とても楽だ。好きにならずにはいられない。

潔さのカタマリに触れていたくて、走り続けているような気がした。

昼食が終わり、後半戦が始まった、ここからは仲間たちに別れを告げ、ばんばさんとの二人旅。残りおよそ40キロ。大垣から関ケ原に至っては登りが続く。目に見える勾配にふたりの脚は重かった。空が陰り、気温も下がってきた。時計が進むのが速く感じる。映像はずっと配信されているというのに、ボヤきが増えてくる。そのうち、カミサマに縋りたい気持ちまで出て来た。沢山の元気をもらったはずなのに、なりたいウルトラランナー像からどんどんかけ離れて行く。

しかし、本当に初日は幸運だった。きっと、岐阜県には心優しいカミサマが住んでらっしゃる。関ケ原の駅に天使を遣わしてくれたのだ。その名も、休日のタナカ。何でもこなせるキュートなタフネス。この企画にはもったいないエリート女子が現れた。というか、ばんばさんの人脈に本当に感謝したい。僕もばんばさんも、情けない姿を見せられないと、勝手に粘り始め、鼻の下を伸ばしながら、残りの距離は縮めていった。そして、あろうことか、そんな分かりやすい中年男性ふたりに、タナカちゃんは最後まで付き合ってくれた。結果、それ相応の時間はかかったけれど、難なく彦根城へと辿り着くことができた。 「僕は、人に助けられて走っているんだな」と城の周りを歩きながら思った。極めて他力本願、人に勧められるままにここまで来ただけだ。でも、今ここにいることがとても有難い。だから、繋いできた糸を断ち切らずに行こうと思う。感謝の気持ちを忘れずに。まだまだ、たくさんのウルトラマンに会いたい。そして、自分もそんなウルトラマンになりたい。明日はきっと孤独な1日だろうけれど、それでも頑張ろう。こうして、勝手に大坂の陣初日が終わった。