2010年秋、意に反して、僕は走り始めた。

お金はなくても、時間だけは沢山あった。買ったばかりのiPhone4、仕事を辞めたばかりの僕。無料ソフトをダウンロードしては時間を潰していた。でも、大のオトナがゲームばかりしているのではあまりにも情けない。そして、日々のストレスから解放され、少しばかり重くなった体重を減らす必要があった。そんな時、たまたまナイキのランニング用ソフトが無料で配布されているのを見つけた。GPSを利用して走った経路をトレース、距離やタイムを記録してくれると云うものだ。何だか物凄くハイテクな匂いがした。

とは云え、走ることには全く興味はなかった。むしろ大嫌いだった。学生時代は、絵本クラブ→科学部→合唱団→帰宅部→映画研究会と根っからの文化系。持久走大会だってクラスではトップクラスの鈍足ぶり。運動ができる友達に劣等感を抱かないために勉強を頑張って体裁を保とうと必死だった。一生運動と無縁だろうな、と思っていた。だから、本当に新しくて凄い携帯電話のハイテクぶりに触れたいだけだった。10年も前に買ったパジャマ代わりのジャージとスニーカーで700m走って、それで終わりのつもりだった。

1日坊主で良いと思っていたはずなのに、走れない自分にあまりにも驚いた。何より笑ってしまうのは、1キロも走っていないのに吐きそうだし脚が痛かったことだ。普段見かける「ジョギングしている人」とは明らかに違う。想定外の走れなさに、凄く情けない気持ちになった。翌々日、悔しくて3キロ走った。道端で吐きそうになった。脚が痛くて、その後3日間鬱々としながら部屋に引きこもった。3度目の不正直、もう吐き気は御免なのでゆっくり走った。本当に亀に負けてしまいそうな速さだったけれど10キロ走れた。でも、やっぱり脚は痛かった。



そんなことを繰り返しているうちに、1年があっという間に過ぎた。
「ランナー」「サブ4」「LSD」
そんな言葉も当たり前になり始めていた。

そして、2011年秋、気がつけばウルトラマラソンにエントリーしていた。

僕が幸運だったのは早い段階で多くのランナーと知り合えたことだった。走行距離を管理できるサイトのJognote、twitterやFacebookなどのSNS、そして、ブログ。見知らぬ人への何気ないコメントがきっかけで一緒に走ることになって「走友」ができた。そして、その輪が広がるにつれて、驚くべき世界が姿を露にした。ウルトラマラソン。1日で100キロを走るマラソン大会があるらしいのだ。

その頃、僕はまだハーフマラソンの大会を一度走ったことがあるだけで、フルマラソンに申し込もうかどうかを悩んでいる段階だった。だのに、先輩ランナーの「フルが走れればウルトラは大丈夫」「ウルトラは歩いたっていいんだから」「今の走力なら大丈夫だよ」などの言葉にすっかりその気になり、帰宅後、フルマラソンと併せて半年後のウルトラマラソンにエントリーしていた。

今思えば、騙され過ぎ、詐欺にはこんな風に引っかかるんだろうなと思ったりもする。でも、きっとみんな、そんな風に騙されてウルトラランナーになって行くのだとも思う(そして、今では如何にして騙して引きずり込むかを考えている)。

いずれにせよ、こうして僕のウルトラマラソン初心者としての日々が始まったのだった。