2013年12月31日、朝の空気は冷たかった。大手町読売新聞社前に集まったのは、盟友である慶太さん、そして、新たな仲間まーちゃん、僕の3人。勝手にウルトラマラソンのリタイアから1年。とうとうリベンジの日がやってきた。胸には、最後まで運びきる「繋がない襷」を掛けている。これを運び切ることがリベンジの証、今回のランの最大の目的。朝5時、108キロ先の芦ノ湖 箱根駅伝ミュージアム前を目指して、3人は走りだした。



しかし今回は地元栃木を離れてのラン。道も馴染みのないところが多い。迷って時間を無駄にすることもあるはず。そこで、ゴールタイムは設けないことにした。これで不安要素は一つ解消、とりあえず這ってでもゴールすればいい。ここ東京では仲間の応援も期待はできない。でも今ここには3人の仲間といる。それがとても心強かった。

そして、5キロも走らないうちに、なんと仲間は4人に増えた。こえびさんの登場である。ブログ仲間が「ジョギングついで」と云って、差し入れを持って来てくれた。そして、驚いたことに少し一緒に走ってくれるという。そして、この「少し」というのは、ほぼほぼ「東京都内全部」という意味だった。後から聞いたところによると、「どこでやめればいいか分からなかった」らしい。空が明るんで来るまで、こえびさんは案内人を引き受けてくれ、順調に都内のランを消化することができた。



「明日へ走る」

そう刻まれた鶴見中継所の銅像が程なくしてやってきた。一区を走り終えた僕らのゴール、ではなかった。自分から自分へ、気持ちの中で襷をつなぐ。3人ともまだまだ元気だ。フルマラソンを走り慣れたカラダなので何ともない。残り80キロ以上、こんなところで時間をロスしている場合ではない、休憩をそうそうに切り上げて「花の二区」へとずんずん進んでいった。



意外にも鶴見中継所を越えた後も応援をもらえた。ネットの仲間が駆け付けてくれたのだった。

戸塚中継所までの二区は、前半の山場。横浜の中心を抜け、その後はアップダウン、かの有名な権田坂もある。そして、今ではコースから外れてしまったけれど、戸塚駅前の大踏切。本家箱根駅伝と違って自動車専用道路を走るわけにいかないので、旧コースを通る僕たちには「開かずの踏切」が待っている。最長で1時間10分閉まりっぱなしという難所が僕たちを待ち受けている。

「もしも引っかかったら...」

当然、迂回して戸塚駅内を抜ければ、少しのタイムロスでコースに復帰できる。けれど、それは箱根駅伝の旧コースから外れることを意味した。踏切待ちは甘んじて受け入れることが、暗黙の了解になっていた。みんなドキドキしながら、花の二区を消化していった。

果てしない距離を走るウルトラマラソン、3人のペースはまちまち。登り坂が苦手な者、下り坂で飛ばせない者、それぞれが違うペースだったけれど、付かず離れず。無理にそばにいることはしない。お互いが疲れないペースを守りながら進んでいく。

そして、やがて戸塚がやってきた。3人は隊列を整え、目の前の光景に目を凝らした。

踏切は...

開いていた。

けれど、開いているのは一瞬なんじゃないかと、足早になる。僕たちは、無事、踏切を渡り終えた。



最初の難関だと思っていた大踏切を難なく制した僕たちは安堵した。

「でもさ、大晦日だから電車少ないんじゃないの?」

杞憂?

笑いながら戸塚駅前を通り過ぎ、戸塚中継所に辿り着いた。



湘南の海が目の前のところまで来ていた。