美ジョガーなんて、なかなかいるものではない。

「全ての女性」から「ジョギングやマラソンをする女性」に絞った段階で絶対不利なのに、その中から美女を探そうだなんて果てしない遠回りだ。大会に行けば、華やかなウェアに身を包んだスラリとした美女を見かけドキッとすることもあるけれど、むしろオリオン通りのドトールでコーヒーを飲みながら往来を眺めていた方が何倍もその機会は多い。

世の中、そんなに甘くないのである。

瀕死の状態で迎えた元旦、4日目の朝はスタート時間を2時間遅らせることにした。9時にすっきりと晴れた三島駅前をスタート、箱根を越え、ゴールの平塚駅前には夜8時着の目標。65.1キロの旅である。

新年の朝からカレーとサンドイッチをたんまり掻き込んで出発した僕は、初詣で賑わう三嶋大社を横目に箱根路へと急いだ。足早になるには訳があった。twitterで企画を知って応援してくれたラブさんという女性が応援ランに駆け付けてくれるというのだ。



アイコンの後ろ姿、日々のツイートから素敵な女性なのだろうと思っていた。もしや、この人が僕のおイネさんなんじゃなかろうか…。箱根へのアプローチは三島側からでもキツく、殆ど歩きになった。限界を超えた4日目の足取りは重かった。けれど、待ちあわせの箱根駅伝ミュージアムに向けて、踊る心は力走した。

「ぷらさんですか?」

嗚呼、辿り着いた先に、箱根には見目麗しき姫が待っていた。白い肌、整った顔立ち、透き通った眼。非の打ち所のない女性だった。しかも、ラブさんはウルトラマラソンもこなす健脚の持ち主。この人と...。もうここで走るのをやめてしまおうか...。

「あなたが僕のおイネさんです」

そう言いかけた。

でも、

世の中、そんなに甘くないのである。

「写真撮ろうか?」

子犬を抱いた柔らかな笑みの男性が近づいて来た。

箱根姫には既に素敵な殿がおった…。優しげな表情、滲み出る包容力、ああ、その胸に飛び込んでしまいたい...。否、束の間の失恋に正気を無くしてしまった。

まったく、うつつを抜かしがちである。



箱根駅伝往路のゴールゲート前で記念撮影をした後、もう一度走りだす。箱根山中をしばらく並走してくれたラブさんと、4月の富士五湖での再会を誓い、また一人旅。踊っていた心はもうない。ただただ重い体を、限界を超えた2本の脚らしきものを動かして進む。山を吹き下ろす風の冷たさと、ラブさんが差し入れてくれたスニッカーズの甘さが心身染みる。

「ん?」

幻覚か。箱根湯元に差し掛かろうかというところで、空から白い綿のようなものが降りて来た。

「へっ?」

雪だ。4日で300キロ走った男の頭に、冷たく無慈悲な雪が積もり始めた。



「ひーっ!」

ぶつくさ文句を云いながら走る。小田原市内に入っても雪は止まなかった。それでも城に立ち寄ろうと難攻不落と云われた小田原城の天守を拝むためには、石段を登り深く城内へと進まなければいけない。そして、ついに姿を見せた小田原城、白雪の中、静かにそこに立っていた。

「ああ、美しい」




恋をして、失って、虐げられて、慰められて。

夜8時半を過ぎたころ、平塚駅に到着した。
4日目は色こい思い出を残して終わった。


(その後、思い出から逃れられずスニッカーズ中毒に陥ったのはここだけの話である。スニッカーズは結構甘いのである。)