「いやねえ、でも自信なんてないんですよ。何しろ体力ないんです」

 皇居を背に走り出した僕は、Ustream中継を始めるとすぐにそうぼやいた。先ほどラジオの取材に対してカッコいいことを云ったけれど、実は不安もあった。何より今回の最大の心配事は体力だった。結婚してから、僕は走行距離を減らした。共働きで稼ぎは変わらない。夫婦の家事負担をイーブンにしたいと思っていたので、独り身だった時とは時間の使い方を変えた。料理・洗濯・掃除、生活に必要なことに時間をかけたかった。そして、そこに幸せを感じていた。これまでは月に300キロ走ることを目標にしていたけれど、100キロでもいいと思っていた。ただそれは、年末のこのバカげた挑戦を抜きにしてのことだ。100キロを超える距離をゴールへの見通しもって走るためには、それなりの根拠になる練習が必要だった。

 しかも、今回の行程、序盤は真夜中の日光御成道街道。これまで宇都宮-東京間を走った時とは違い、国道4号線を行くわけではない。王子、赤羽、川口、岩槻と知らない道を進んでいく。昼間を走るのとは違って、注意力も必要だ。

「もしかして、去年のチャレンジよりも今年の方がキツイかもしれない」

 そう思っていた。でも、ふたを開けてみると、どこからともなく救いの神が降臨しつづけた。

 スタートから2時間、およそ14キロの赤羽で最初の守護霊が舞い降りた。埼玉在住の走友で、毎年Ustreamの向こうで応援をしてくれていたかずまいさんが駆け付けてくれた。これまでは東京以西での開催が続いていたので伴走することができなかったのだけれど、待ってましたとばかりに、今回、川口までの道案内を買って出てくれたのだ。ふたりで走り出すと安心感からかリラックスして走れた。街灯も減って視界も悪いところが増えて来たけれど、目が4つに増えたことで少しだけ集中を解いて、気が付けば談笑しながら距離を消化していた。東川口駅までの13キロはあっという間だったけれど、その後もしばらくはリラックスしたまま走ることができた。食事休憩を取ることにしていた38キロ地点岩槻駅まで難なく辿り着けたのはかずまいさんの応援があったればこそだ。

 日高屋でチャーハン・餃子セットをそそくさと食べた僕は、ランを再開すると夜明けまでの一人旅を思うと、また不安な気持ちになった。岩槻から白岡に至る道は思った以上に暗く、ヘッドライトの光も十分とは言えない。夜が更けるにつれて、ネットの向こうからの応援も減ってくる。真夜中のどん底に進んでいくにつれて、不安な気持ちは膨らんでいった。普段なら元気をもらうはずのジョガーとのスライドも怖く感じたりする。さいたま市鹿室に差し掛かったころ、遠くから上下するぼんやりした白い光が迫ってきた。

「ひい〜っ」

 気弱になっていた僕は、見て見ぬふりをしながら通り過ぎようと思っていた。

「ぷらさ〜ん」

 こんな所で名前を呼ばれたら「ぎゃー」っと逃げ出したい気持ちだったけれど、ふと我に返る。どこかで聞いたことのある声だった。真夜中のサプライズ訪問は、なんと同じランニングチームのかずさんだった(先程のかずまいさんとは別人です)。「来ちゃったよ」なんていとも簡単にいうこの人は、「まあ、コースを逆走していれば会えるだろうし、まあ、会えなかったらそれも面白い」などと宣って、潔く笑っている。そして、何に驚くって、この人。突然来て、朝まで付き合ってくれるという。

 かずさんと僕は、夜を喋り倒しながら、走ったり歩いたり。

「まあ、終わっちゃったら絶対寂しいんですよね」
「でもねえ、また次に何かに向かう気力につながるから。終わりはないんだよ」
「終わるからこそ、新しい何かが始まるんですしね」
「別に引退するわけじゃないんだし」
「いや、別に引退してもいいですよ、はは」
「おれ、引退ランは何しようかな、何歳の時になにしようかな」
「70歳で日本一周」
「70って仕事も引退している年だから、やりたい放題だな、体力は別としても」
「凄い先のことをはなしてしまった。考えられないんだけど。
「いやあ、普通考えられないでしょう。まあ、やがてその時は来るんでしょうけどね」
「結局今を精一杯やることしか出来合いですからね。ふわぁ」

 橋の上で茨城への県境を跨いだ丑三つ時も、小山市で朝日を浴びた瞬間も、ずーっとずーっとかずさんは穏やかに笑っていて、結局50キロ以上を伴走してくれた。小金井駅前「ここが僕のゴール」 と云ったかずさんに、僕は何度も「ありがとう、本当にありがとう」と繰り返した。

「引き続き楽しんで…、引き続き気を付けて。ミヤカン外の119号が一番やばいから。慎重に乗り切って。眠気があると怖いから。本当に純粋に楽しかった。やっぱり、夜ラン好きだなと思って、あはは」

 彼はそう言って笑顔で去っていった。そして、僕はひとりになった。

 というのは嘘で、じつは4人になった。笑っちゃうくらい独りにならないのだけれど、この時、僕の隣にはわざわざ東京から小金井に駆け付けてくれたこえびさん、そして、小山に駆け付けてくれたパトラン栃木のはくちゃんとやぎっしーという、パワフルなランナー達がいた。何だかフットワークの軽さを極めた超足軽のみなさまに囲まれて、ワタクシという生き物は「体力のなさ」を感じる暇などなかった。

 結局のところ、こえびさんも20キロ以上を併走してくれて、午後1時の宇都宮市まで僕を導いてくれた。かずさん同様、こえびさんも気持ちのいい笑顔で去っていった。気が付けば午後1時、コース上にある自宅マンションで休憩を取っていた。

「俺も可笑しいけれど、みんなちょっとおかしいよ...。」

僕は、うれし泣きしながら、コンビニで買ったうどんをすすっていた。束の間、目をつぶって回復を図る。ランニングを続けていて良かったと痛感していた。

「何なのよ、コレ」

目をつぶっても涙は止まらなかった。


(つづく)