かくして、これまでで一番出来の悪いランニング・ストーリーは終わりを迎える。勝手にウルトラマラソン名物の雪に化粧を施された夜の日光。電波は十分ではない。話せるうちに話しておこう。

 「もう少しで日光の社寺手前の神橋の前に差し掛かると思います。ああ、本当に登りがキツくてなかなか走れなかったんですけど、皆さんの応援を思い出して、何とかここまで来れました。実に27時間に及ぶ泥試合になってしまいましたが、もう少し行くと妻が待っていると思いますので、何とか辿り着きたいと思います。日光市内、本当に静かですね。初詣の方はまだ飲んだり、食べたり、お風呂入ったりしているんですかね。」

「もし切れちゃった場合の為に、皆さんに感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。ありがとうございました。ああ、走れねえ。結構最後もキツくてですね、歩いていても息が切れるくらいです。そして、何と、今雪が降っています。勝手に箱根駅伝といい、名古屋東京といい、今回の日光社参といい、ぜんぶ雪です。寒い寒い冬をウルトラ行脚してようやくたどり着きました150キロ、なかなかハンパないですね。もう、疲労困憊です。やっぱりきちんとトレーニングしないと行けないなと思いますね。何としても、江戸城から東照宮へ背中につけたお守りを運びたかったですし、5月の二荒山神社での挙式に向けて願いを込めて完走したかったので、嬉しいです。今年も結局、紅白歌合戦と対決することになってしまいましたね。はあ、つらいね、つらいけど、やっぱり今年も泣きそうなくらいウルトラって楽しいね。言葉が出ないっす。」

「はあ、見てるかなあ。ごめんね、待たせて。精一杯やったけど、結構時間かかっちゃった。雪の中で迎えてくれて、本当にありがとう。もうすぐ神橋につくよ。最後くらい走るよ。」

「家康公も見守って頂いてありがとうございました。辛抱っていうことを少し学べた気がします。キツイ。はあ、あとちょっとだ。雪だよ。はあ脚が上がんない。雪がすごいんです、道が白い。こんな中待っていてくれるなんて、ごめんね。走れ、走れ、走れ。どっか入っててくれるかな。神橋の信号もう少しだよ。 あれいないのかな。はあ。上、上がったのかな。神橋が、雪の神橋が目の前にあります。あれ?どこ行った?メガネが…。すべりそうだな…。東照宮の前にいるのかな。ごめん、今、行くからね。階段キツイな。」

 ここまででUstreamの中継は切れた。動かない脚をどうにか持ち上げて、参道を上がっていく。大きな玉砂利をザクザク云わせながら、遠くに見える光に向けて歩く。見慣れた東照宮の文字。その前に妻と福嶋アナが立っている。最後の力を振り絞って走る。

「待たせて、ごめんね」

 妻の手に触れる。待っていてくれてありがとう。これから一緒に人生を歩んでくれてありがとう。12月31日午後9時5分。実に27時間に及ぶ長い旅が終わった。

 並走してくれた走友、ネットの向こうから声援を送ってくれた仲間、そして、新しい家族。尻切れトンボな中継になって、みんなへのありがとうが伝えられなかったけれど、たくさんの人に支えられて僕はゴールを迎えた。

 そして...、

 およそ半年が過ぎ、僕と妻はゴール地点の日光の社寺に帰ってきた。季節は流れて5月22日、さわやかな春風の中、家族に見守られて無事挙式を執り行うことができた。こうして勝手に日光社参は完全に幕を下ろし、夫婦の物語が始まった。

 後日、一連の出来事がラジオで放送された。そうそう、この為の取材だったのですよ。まさか自分のマラソンと結婚式がラジオになるとは思っていなかったけれど、とてもいい思い出になった。こんなちっぽけで不出来な僕の物語を番組にしていただいてありがとうございます。

 そういえば、放送直前、最後のインタビューで福嶋アナは聞いた。

「次のマラソンの予定はどうでしょう?」

「今度は家康の足跡を追って、名古屋から大阪ですかね」

あ、云っちゃった。聞かれると、答えちゃう。悪い癖だ。

こりゃ終わらないわ...。


(おわり?)