結婚したらランニングは3分の2くらいにしようと思っていた。日々の生活の中には家事もあるし、休日にはふたりで出かけたい。これまでは月間300キロを走ってきたので、200キロが新たな目標。それでも健康維持には十分すぎる距離である。

 日々の60分のジョギングを40分に、30キロ走を20キロに変えるだけ。増やすのと違って簡単にできると思った。近所を走ってみて、ちょうどよいコースも見つけた。しかし、結果は失敗だった。60分のジョギングしていた頃は、30分でウォームアップが終わり、残りの30分を火の付いた身体でトレーニングしていた。けれど、それが40分になると、ほとんどウォームアップで終わり。面白くない部分がメインで練習にならない。20キロ走にしても、物足りなさが残る。気が付けば、3分の2は愚か半分も走ることが出来ず、ランニングの習慣そのものが消え失せてしまいそうだった。

 ランナーだったつもりがジョガーに降格、さらには「運動不足の中年おじさん」な日々が続き、体重も増え、マラソン以前にあった様々な持病がほくそ笑みながら帰ってくる気配がした。あわわわわ、僕はうろたえた。

 夏が始まる頃、地元ラジオ局で「勝手に日光社参」を題材にした番組が放送された。ラジオから聴こえる自分の声は何だか別人のようで違和感を覚えたけれど、およそ半年に渡って取材をしてくれた福嶋アナの美しいナレーションと、編集の妙で、あの大苦戦の一日と結婚式の様子が少し笑えるハートウォーミングな物語になっていた。久々に聴いたラジオだったが、なかなか面白いものだなと思った。

 朝のワイド番組では、リスナーから寄せられた県内各地の空模様が紹介されていた。面白いのは、リスナーが情報を寄せる手段がSNSであり、写真なども含めて他のリスナーも見られるところだ。試しにジョギングをしながら公園の写真を添えて投稿してみたところ、イヤホンからそのメッセージが聴こえてきた。同時に、他のリスナーから「いいね」も押される。この不思議なコミュニケーションが楽しくて、いろいろな写真を送るようになった。自然と僕は毎朝走ることになり、期せずしてランニングの習慣を取り戻していった。

 ある日、SNSで他のリスナーからメッセージを受け取った。地元宇都宮にミヤラジという名の新しい放送局ができるということ、そこでスタッフを募集しているということ。「応募してみたら」という勧めだった。詳細を調べてみると、フルタイムでなくても、休日を利用して勤務できる。もともと放送に興味があったわけでもないし、ダブルワークなんて考えてもみなかったのだけれど、デンデケデケデケ、何故かいつも神様は元ヤンのお姉様「やっちまいな」という天の声が聞こえた。これもマラソンが繋げた縁、何が起こるかを確かめてみたかった。締切の前日、履歴書を送った。駄目でもともと、カッコつけずにマラソンキャラのまま、釈迦で掲載された女性セブンのコピーも添えて。

 面接はとても緊張した。マラソンの本命レースの比ではない。原稿を読み上げるテストがあったけれど、声より心臓の音の方が大きく聞こえた。手に汗を握るというより、汗が手を握っていた。当然、うまく行ったという自信もなく、その日は少し落ち込んで帰った。勢いだけで突っ込んじゃあいけないって、マラソンが教えてくれたのに。そのことをすっかり忘れていた。

 当然、数日後に送られてきたのは、採用の通知だった。ん?採用?目を疑った。何かの間違いが起こったようだ。

 「マラソンの神様、何だかとんでもない所に連れて来ましたね...」

 そして、訪れた研修の日々。休日ゼロデイズ。ミイラ取りはミイラに、ランニングの習慣を求めた僕は、気付いたらまた走れなくなっていた。



 (つづく)